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冷たいお茶を飲まないと死んでしまう、夏

夏に飲むお茶は三つある。杜仲茶、水出しコーヒー、水出し紅茶。気が向いたらホットも飲む。三つじゃないけど細かいことを気にしてはいけない。このエントリは石版!夏は水出しのお茶を冷蔵庫に常備しておくとQOLが爆上がりするというエントリへの返歌である。

家にいる時間がやたらめったら長かった院生時代からお茶を入れることは好きで、気分転換といえばお茶を入れることだった。くつろぐとはお茶を飲んでいる状態のことだった。これはたぶん実家の習慣として夕食後にコーヒーを飲みながら1時間ぐらいぐったらべったらするタイムが制度化されていたせいで、僕ははじめは紅茶を、実家を離れる前の数年間は一緒にコーヒーを飲んでいた。一人暮らしをするようになってからは一人分をコーヒーメーカーで入れるのも大仰だろうということで、自然とハンドドリップをするようになった。電気ケトルが手に入ってからはお湯を沸かすのもへそで茶を沸かすように簡単になり、気が向けばあっという間にコーヒーが飲めるようになった。本を読んでいるのか気分転換をしているのかコーヒーを飲んでいるのかよくわからない時間を過ごしていたが、あれはあれでいいものだった。

夏に飲むお茶の話だ。僕は暑いのが苦手だ。暑がりなので暑いなーと思ったらすぐに冷たいものが飲みたい。暑いときこそ熱い飲み物をというのは理屈ではわかるけれども、ほっといても汗をかける人間なので自分は別にかまわないだろうと思う。
杜仲茶はでかい薬罐で2リットルぐらい一気につくり、ガラスポットに入れて冷蔵庫に突っ込んでおく。これでいつでも夏から瞬間的に逃げることができる。杜仲茶は昔太っていたときに肥満に効果があるかもしれないことを聞きつけた親が導入したもので、今は別に気にするほどのことでもないけれど習慣として飲み続けている。慣れれば癖もなくておいしい。杜仲茶は息をするように飲んでいる。

もう一つは水出しコーヒー。杜仲茶は刺激性がほとんどないので冷を取るために飲んでいるようなもので、水出しコーヒーがないと僕は人間になることができない。水出しコーヒーというものを知らなかった頃はでっかい氷をがらんがらん入れたボウルに直接コーヒーをいれて急冷する作り方をやっていた。今でも水出しを仕込み忘れたときにはこれでやる。こっちの方法は雑味が出なくてさっぱりしたアイスコーヒーになる。
水出しは細かいことを気にしてはいけない。一番簡単なのはなにがしかの容器になにがしかの分量のコーヒー粉をぶちこんで(ただし粉はアイスコーヒー用のものが望ましい)なにがしかの分量の水を投入して一晩冷蔵庫で寝かせるやり方だ。できあがりが濃かったら冷水か氷で薄めたらよいので全て目分量でかまわない。ただし、飲む前に一度まるっと漉さないと粉っぽくて飲めたもんではない。この漉す作業は結構時間が掛かるしめんどくさいので、下の写真みたいにお茶入れパックに適当な分量をいれて水出しコーヒーの素をつくるのもいい。ゴミ出しも簡単だ。これで暑さにだれてもいつでも人間の形を取り戻すことができる。なお、急冷式でつくる手間も煩わしいくらいに速やかに冷たいコーヒーが飲みたいときはインスタントコーヒーと牛乳と氷でカフェ・シェケラートをつくるとよい。作り方はグーグル先生がやさしく教えてくれる。

coffee.jpg


そしてもう一つが水出し紅茶だ。水出し紅茶は清涼感を手に入れるために最高だ。自分の中で鉄板なのは果物の香りがついたやつととミントティーの茶葉をだいたい半々ぐらいにしてお茶パックに入れてから携帯用の水筒に入れてしまう作り方。朝に水と氷をがんがら入れて出勤すれば、10時30分のおやつを食べる頃にはさっぱりいい香りの水出し紅茶ができている寸法だ。昔は本当に手当たり次第に適当なティーバッグでつくっていたけれども、水出し用じゃないと衛生的にあんまりよろしくないかも、みたいな話を聞いてからは一応水出し用と銘打たれているものを使うようにしている。がんがん飲むものに変なこだわりも要らないので、スーパーでよく売ってるTEA'sTEAのオレンジ&アールグレイとポンパドールのミントでいい。これだけで十分においしい。この組み合わせを口にすれば盛夏でも5秒ぐらいは夏を忘れることができる。

夏を忘れるための三種類のお茶を駆使したならば、あとは存分に夏を味わうためにビールを飲むことだけが残されている。
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舌足らずになろう。雑のすすめ2

 どうも相変わらず雑なものを恥ずかしがりもせず放出しております。まああれですね、基本的に僕がここに書いているものは紹介であって解説ではないので、雑でも舌足らずでも気にすることはないわけです。

 自己紹介のへたくそな人は完結した自己紹介をしようとします。書評のへたくそな人は本の面白さとその理由を解説しようとします。でも、誰かになにかを紹介するというのは、その紹介のあとにその誰かが自分でそのなにかとしっかりと接触することが前提ですよね。じゃあ、紹介者が先にべらべらしゃべりすぎたら意味ないですよね?

 「おいおいその自己紹介ぜんぜん紹介足りてねーよ。どんな人なのか気になるだろ」「おいおいその本めっちゃ面白そうにあなた読んでるけどなにがおもしろいのよ」。と思わせるようなフックをばらまいて釣ればいいし、釣り上げたあとは鼻歌でもかましながらはしごを外せばいいと思います。あとはそこから勝手に飛び降りてもらえばいいです。

 舌足らずでいいし、雑でいいと思います。そのかわり、なにかを面白がっているところをしっかり見せて欲しいなぁ、そういうことをしてくれる人が増えるといいなぁ、といつも思っています。

情報の海の泳ぎ方、あるいは不精者の作法

 さてさっきこんな記事を書いたのは、そもそも今朝方に自分なりのGoogleリーダーの消化手順について考えてたからなんですね。正月明けてはじめてPC立ち上げて、しかも年末のばたばたしてた時期にたまったのも合わせると未読RSSが1000越えてカンストしてました。

 いやたまりすぎだろどんなけ登録しとんねん、と思われるでしょうから説明しましょう。僕はTRC新刊データっていうRSSを登録してまして、これには日本で刊行されて流通に乗る書籍書誌データのほぼすべてが毎日毎日更新されてくるんです。これが日によって違いますけど、だいたい1日300件ぐらい。あとは加えていくつかの研究会や書評関係、そして個人ブログの更新があります。つまり、読み物ではないけれど大量の情報と、普通の読み物記事が混在した状態でかなりのスピードでたまっていくことになります。これを可能な限り負担にもならずめんどくさいとも思わない手順で処理していかなければなりません。
 
 最初のころは普通に一個一個Googleリーダー上で読んでたんですよね。でもこの方法だと全然処理しきれない。そこで最初に導入したのがfeedly。これだとたまってる未読記事が視覚的に一覧できる

feedlyprtsc.jpg

ので、「あ、まずこれから手をつけよう」っていう初動のハードルが下がるんです。でもこっちだけだと情報が大量に流れてくる方の処理速度が上がらない。あと、読んで星をつけた記事をあとから一覧して読みなおしたりできない。これが結構不便。

 ここで結構考えました。どうも今自分が抱えてる情報を的確に処理するためには、RSSの記事をいきなり一個一個読んでいてはいけないらしい。ではどうしたらいいのか。まず処理すべきものに序列をつけて、そのあとで中味を精査するしかない。そこで考えたのが、Googleリーダー上で「あとで読む」的なものにまず星をつけて、あとからそれをiPadのFlipboardアプリで読む、というもの。

 TRCの新刊データはGoogleリーダー上だとこんな感じ

TRCprtsc.jpg


できます。これを300件ぐらい瞬間的にパパパっと見て、なにがしか引っかかったものには星をつける。ものによってはクリックして内容説明まで読みます。でも基本的に、何かを考えるプロセスはここでは起動しない。感覚だけで情報を取捨選択する。そのあと、feedlyで読み物系ブログを読んで、こちらはもうちょっときちんと目を通して(それでもあくまで軽く)、これまた何か引っかかるものがあれば星をつけていく*。ここまでが取捨選択の第一段階です。

*ちなみに、feedlyの機能でGoogleリーダーの「星をつける」に対応しているのはリボン(旗?)アイコンの「save for later」

 第二段階が、iPadのFlipboard。これについては紹介記事があちこちにあるんでそちらを見ていただくとして、まぁ簡単に言うとRSS登録したものや何やらを新聞か雑誌記事みたいに再構成して見せてくれるアプリですね。Googleリーダーは星をつけた記事だけを抽出できますから、そこだけをFlipboardでもう一度見る。ここでもう一度フィルタリングして、ああやっぱり要らないわと思えばここで星を外しますし、やっぱり良い記事/よさげな本、と思えば熟読するわけです。

 この二段階作戦にしてからは、初動のハードルは下がるし、そのときの判断はあとから訂正できるし、ということでかなりストレスなく処理できるようになりました。もっとも、第一段階でキックしてしまったものの中に実は大事なものが混ざっていた、ということは往々にしてあり得るんですけれども、そちらの方はもう気にしないことにしています。他の誰かがすくい取ってくれるかもしれないし、紙媒体で改めて新刊情報チェックするときに見つけられたりすることもありますしね。

 初動のハードルを下げて、なおかつクロスチェックの機会を増やすことで取りこぼしを減らして精度もあげる、というものすごーく基本的な方針の事例の一つでした。業務的にもっともっとたくさんのRSSを処理している人たちの中にはもっと上手なやり方があるんじゃないかな。

雑で行こう

 なんか「どうやっておれがこのブログを書いてるのか秘伝開陳しちゃうぜ!」みたいなん流行ってますね。髭自慢にはそんなものありません。毎回毎回「うああうまくまとまんねーーーー」って七転八倒しながら書いています。髭に白いものも混じるわけです。

 でも書かなければ頭の中はまとまりませんし人にも読んでもらえません。手を止めてはいけません。そしてこれは別にブログに限った話ではありません。そこで今年の目標を決めました。

 雑で行こう。

 いろんな人が言ってることですけど、完璧を目指すとつらい。恥ずかしいという気持ちは最強の行動ストッパーです。恥ずかしくないものができたら出すかなんて考えていたら何もできません。…ごもっとも。じゃあどうすんの?

 恥ずかしいものを見せても恥ずかしくない人に向けて出せばいいんじゃないですかね。あと何度も何度もやる。これだけ。

 一発で決めようとするから手が出ないんですよ。雑なものを投げて、雑に反応をもらって、もっかい自分の中で練る。初動のハードルを下げて、まずレスポンスをもらって、その反動で投げ返す。すぐれた人はこれを自分の中で仮想的に役割分担しながら繰り返せるはずです。でも僕にはできない。端的に言うと意思の力が弱いせいで緊張感が独りでは持たない。だからあなたたちの力を借りたい。

 お互いに、作業の手の内を見せ合う関係を作る。見せ合うものは完成品じゃなくていいよねとなんとなく合意形成する。この二つだけで初動のハードルは劇的に下がります。

 例えば読んだ物のまとめブログを書くとしましょう。まず、読んだ内容を網羅したまとめを書こうという発想をゴミ箱にブチ込む。これは書評ではない。次に、批判ポイントは別に見つけなくてもいいことにする。これは書評ではない。最後に、新しい知見を付け加えなくてもいいことにする。これは書評ではない。

 まとめ切れてない部分の中に何か面白いところがあれば、誰か他の人が言及してくれるはず。もしかしたら別途ブログ記事書いて紹介してくれちゃうかも。批判ポイントが見つからなければ書き手が僕より一枚上手。新しい知見を見つけられなければこの論点については基礎知識が足りないので再戦を期すべき。ほら、こんなに低いハードルを跳ぶだけでも、次に進むためのフックは必ず見つかる。それでいいじゃない。

 おいおいそんじゃあただの読書メモかよ。そんなもん誰が読むんだよ。だから、「そんなもん」でも読んでくれそうな人に向けて書くんですよ。極端なことを言えば、題材も誰かが興味を持ってくれそうな物を取りあげればいいと思います。コツは、その「誰か」と自分の興味を重ねておくことじゃないかな。他人の尻馬に乗ればいいんです。ただし、自分の行きたい方向に向かってる馬を見つけましょう。

 まぁつまり、今年の髭自慢は雑で尻軽ってことです。ひゃっほう。

ああ「髭自慢」ここにあり

 ここしばらく「ブログを書く」ということについてもにゃもにゃ考えたりしていたんですけど、結局のところ僕が書きたいように書けばいいんですよねというところに落ち着いたりしました。いや「オシテオサレテ」の坂本さんや「石版!」の紺野さんと先日話をしていて、誰に書くかの腰が定まれば自ずと内容と文体は定まるという話になり。

 「髭自慢」は歴史学の隣接分野の人たちに向けてまず書かれています。もうちょっと突っ込んで言うと、「あれ、自分思想史とか哲学とか図書館(情報)学とかやっていたけれど歴史学的なものの考え方も導入してみたら議論のエッジが立つんじゃね? 論点の整理がもっとキビキビするんじゃね?」という人に向けて書かれています。歴史学ってこんな風にできたんだよ。外から手をふれがたいものとして確然とそこにあるわけじゃないよ。こういうプロセスで学問としての歴史学が形成されていったんだという知識は、きっとあなたの手がけるなにがしかを理解する上でアナロジカルな発想を与えてくれるよ。そんなメッセージを迸らせたい。

 そして「髭自慢」は僕自身に向けて書かれています。アカデミアに向けて、アカデミアからこぼれ落ちそうな周縁から呼びかけること。それが僕の仕事です。「よう、-60度位の斜面をゴロンゴロン転がり落ちて死にそうになったけどあんたらの仕事に指が引っかかって俺は生きてるぜ。ついては俺や、これから新しく学問を志す連中がこの坂を登っていくときに、指を引っかけられるような出っ張りを一緒に作んない?」そう縁から大きな声で呼びかけること。その呼びかける声を絞り出すための発声練習として、「髭自慢」はあります。どんな内容の、どんな声調の声を上げれば届くのか。その試行錯誤として、「髭自慢」はあります。

 なんだじゃあ気取らなくていいじゃん。間違ってたらあやまって書き直しますし。そう思うと、僕の指は自然と愛用のHHKをガシガシひっぱたいてくれるのでした。 
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Author:higegeschichte
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