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「柔軟な対応」か「恣意的操作」か――ブラックボックスとしての史料批判

専門家が「政治的」「嘘つき」というレッテルを張られて批判される。こう言ってよければ、罵られる。
今やそんなに珍しい光景でもないですね。むしろしばしばあることです。
ちょっとはその分野の学問をかじった人間からすれば、腹も立ちます。苛立ちもします。そして少し悲しい。
でも、罵る人も、どこか苛立っていると思うんです。

僕には他の学問分野のことはよくわからないので、歴史学を事例に話をしましょう。

先に書いたような批判が発生するのは、≪批判者の求める結論と専門家の導き出した結論が異なっており、なおかつ後者がどういうプロセスを経て出てきたものなのかが批判者にはわからない≫といった場合がほとんどかと思います。
結論を導く手続きが正当なものかどうかを判定できないので、苛立ちの中で結論の食い違いは属人的な恣意性に由来するものと見なして批判するしかない。
この苛立ちは誰かがどこかで受けとめないといけない。

どんな学問にも、専門分野としての作法があります。その上で、研究者個人の能力に由来する主観的・属人的な要素と、作法の厳密性によって反証可能性と再現性を担保される客観的な要素が両方あって、その均衡の上に研究者の知見というものは積み上がってゆく。
そして、多くの学問分野については、この主観的要素と客観的要素のどちらが重きを占めるかということについて、既になにがしかの一般的かつ固定的なイメージが流布しているように思います。
データをたくさん集めて分析にかけたり、厳密に何かを測定したりした上で不明な点を解いていくからどれそれの学問は客観的要素の占めるところが大きい。文献を読み解いて、研究者がそれを解釈して何かを言うからあれこれの学問は主観的要素の占めるところが大きい。
このように。
こういったなにがしかのイメージが相手側にあることがわかっていれば、こちら側の議論の信頼性を説明するにもアプローチがしやすい。

ところがこの点については歴史学はかなりの困難を抱えています。

「聞く所によると歴史学というのは史料を厳密に読んで中身を解釈し、かつてあった事実の復原を試みるらしい。なるほどそれは分析対象の精度に依拠するところが大きい客観性の高い学問だ。」
「いやいや私の聞いたところによると部分的にしか残っていない史料を想像力で補ったりいくつもの史料を組み合わせたりするらしい。なるほどそれは個人の想像力に大きく依存する主観性の高い学問だ。」

……困ったことにどちらもまったく正しい。
これでは歴史学の作法の中核をなすところの、歴史資料の扱い方=史料批判の方法が、一種のブラックボックスとして捉えられてしまうのも無理はないように思います。場合によっては堂々とダブルスタンダードを謳歌していると思われかねない。
実際にある程度訓練を経てみると実感として掴めてくるのですが、実のところ歴史家は自分が向き合う史料の性質に合わせて、自らの主観性を発揮する度合いをその都度調節しています。

遅塚忠躬は、歴史家と史料と事実という三者の関係についてこう述べています。
「事実と史料との距離Aが大きければ、史料記述者の解釈の介入がそれだけ大きくなるから、それを読む歴史家も記述内容に不審の念や疑惑の念を感じて距離B〔=史料と歴史家の距離:引用者注〕も大きくなり、そこに歴史家の解釈が介入する程度も大きくなる」(『史学概論』146頁)
例えば、長期間に渡る穀物価格の変動を記したような集計値史料は三者間の距離が小さく、誰かの心の動きを推察した記述史料は逆に三者間の距離が大きくなるというわけです。


史学概論史学概論
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優れた歴史家は数多くの史料を検討し、それぞれに応じて史料批判のアプローチ・度合いを柔軟に変化させつつも、記述の総体としては主観と客観のバランスを調和させて着地させるという職人芸を見せてくれたりしますが、そこまで読み取った上で歴史学のディシプリンについてイメージを形成することを一般に求めるのはあまりにも酷でしょう。

話が最初の問いに戻ってきました。
では、歴史学は自らのディシプリン――一定の作法に基づいて結論を導き出すプロセス――の正当性を説明し、信頼を得るためにどうしたらよいのでしょうか。
自らの手続きの正当性を理解してもらい、信頼を得ることが基礎的な技能を共有した相手にしかできないとしたら。
不毛とまではいいませんが、それで仕方ないんじゃないと放り投げるのもいやです。
では、手続きの正当性を理解してもらうことを諦め、誠意を示すなどして属人的に信頼を得ればなんとかなるのでしょうか。
なんだかだましているような気分になりそうです。

今の僕には結論を出すことができません。
もやもやしたものをもやもやしたまま転がしておくことで、ひとまずペンディングとしましょう。
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