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真理の探究と歴史叙述 佐藤真一『ヨーロッパ史学史』第Ⅲ部2章「宗派時代の教会史叙述」


ヨーロッパ史学史―探究の軌跡ヨーロッパ史学史―探究の軌跡
(2009/05)
佐藤 真一

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 グーチは宗教改革に伴う教会史叙述の発展や、修道僧たちが古文書を用いて進めた研究についてあまりにもさらりと書き抜けています。しかし近代的な学問としての歴史学には歴史資料を扱う技術としての史料学が必ず伴うことを考えれば、ニーブールやヴォルフ、ベックらに大きな影響を与えた古典文献学だけでなく、古文書学の発展についても理解を深めておかなければなりません。行政文書を歴史資料として取り扱うためには、文書の真偽や信頼性を判定するための古文書学的な様式論が必要になるからです。新たな教会史を叙述するために教会が所蔵していた史料の多くが用いられ、日の目を見ることになり、さらにその叙述の当否が論争される中で古文書学の精緻化が進んでいきます。この流れについて、別の文献で知識を補うことにしました。

佐藤真一『ヨーロッパ史学史』(2009年、知泉書館)
第Ⅲ部「近代歴史学の形成」 第2章「宗派時代の教会史叙述」

 カトリックとプロテスタントの宗派分裂が起こると、両派は教理論争を繰り広げました。その論争の中で、教会史が活用されていきます。特にルターらプロテスタントによって、教会史叙述はカトリックの純粋性の喪失と没落を論証するために用いられました。歴史は論争のための手段だったのです。ルター派の古典語学者であったメランヒトンは、「神はわれわれが歴史を学ぶことを望む」というボリュビオスの言葉をしばしば引用しつつ、教会史叙述そのものを豊かにしようと試みました。残念ながらメランヒトンの努力はプロテスタントの歴史叙述全体の傾向を修正するまでには至りませんでした。しかしヴィッテンベルク大学においてメランヒトンが世界史の枠組の中で教会史を講義したことが、神学者たちによる歴史研究を促進しました。

 プロテスタント教会史に大きな足跡を残したのは、純正ルター派の神学者であったフラキウス・イリリクス(1520-75)です。彼の仕事は『マクデブルクの諸世紀教会史』として結実します。ルター派の教説はルターによって新たに発明されたものではなく、かつて存在した真理が再発見されたものである、という意図に基づいた叙述がなされている点が、フラキウスによる教会史叙述の最大の特徴でした。「いかにして真の教会とその宗教が使徒時代に見られたあの本来の純粋さと単純さから徐々に憂慮すべき誤った道に陥ったのか」(162頁)が説明されなければならなかったのです。フラキウスは「真の歴史」をあきらかにするためにより古い史料を用いることを望み、様々な史料を探索しました。その徹底ぶりは、敵対宗派であるカトリックの史料を手に入れるために、変装した協力者を修道院の図書館に派遣するほどでした。フラキウスらの教会史は教皇制を論駁するための材料を提供することを目指していたため、それまでの歴史叙述が採用していた編年的な叙述に加え、部分的に主題別の内容構成が採用されました。この新奇性を持った構成はそれに慣れない同時代人からの反発を招きました。しかし、フラキウスらが目指したのはあくまでも闘争手段としての教会史叙述であって、純然たる歴史を描くことではありませんでした。必要な情報を検索しやすくするためのシステムを設け、その中に教会史を組み入れたのです。また、このような叙述姿勢が要因で、フラキウスらの史料批判は不十分でした。史料の時代差は考慮されず、教皇制への反駁材料となる史料は無批判に採用されていました。フラキウスらの業績は近代的な教会史叙述の前史として位置付けることができます。

 カトリックの側もプロテスタントによる反駁を黙って見ていたわけではありません。カエサル・バロニウス(1538-1607)が、「カトリックの立場からする、神学的論争を考慮に入れた教会史」を描くという困難な仕事に挑むことになりました。バロニウスがものした『教会年代記』の叙述は明らかにプロテスタントへの反論でした。しかしバロニウスは論敵の見解を直接的に論駁しようとはせず、むしろカトリック教会の真理をより明瞭に描きなおすというやり方で対抗を試みました。年代記の形式の中で、常に変わらない真理を保持し続けた教会の姿を描くことで、カトリックの歴史的正統性を証明しようとしたのです。その姿勢からもわかるように、バロニウスは「年代記」という書名を自覚的に付しています。古代の著作家であるゲリウスの分類に従い、「『歴史』は著者自身が見たか、見たかもしれない出来事を記述し、『年代記』は著者自身が体験していない過去の報告を叙述する」と考えていたのです。ヴァティカン図書館長を務めたバロニウスは膨大な未刊行の史料を叙述に活用することができ、しかもフラキウスよりは厳密に史料の信頼性について吟味を加えていました。しかしそれでもなお、自らの立場に不利な史料を公平に用いることはできませんでした。

 フラキウスとバロニウス、宗教改革と反宗教改革、対立する二つの立場は二つの史書を生み出しました。両者は時として同じ現象について正反対の史料解釈を下しました。歴史の客観性という概念はまだここにはありません。しかし、この二つは自らの宗派の正統性を歴史的な叙述の中に打ち立てようとした点において、非常に類似していました。真理を求める熱意が叙述の新たな運動を生み出し、その過程で新たな史料の発掘や叙述形式の変化が起こったことは否定できないでしょう。そしてこのような時代状況の中で、とある修道僧によって古文書学の革新がおこなわれます。ジャン・マビヨン『古文書学』の誕生です。

(つづく)


ヨーロッパ中世古文書学ヨーロッパ中世古文書学
(2000/03)
ジャン マビヨン

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