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『伝記文学の誕生』の三歩ぐらい手前から


伝記文学の誕生 (東海選書)伝記文学の誕生 (東海選書)
(1982/01)
アルナルド・モミリアーノ、柳沼重剛 他

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どうも気まぐれに更新される髭自慢です。自慢できたもんじゃありませんね。

ついモミリアーノ『伝記文学の誕生』という本を読んでいてというか厳密には読もうとしていて、行儀の悪い読者であるところのぼくは本文よりも先に、巻末に収録されていた訳者・柳沼重剛と佐伯彰一の対談を読んでしまう。

そもそもこの本は古典古代以来の歴史と伝記の関係について扱ったもので、伝記が歴史の一部として確固たる位置を占めるに至った現代から振り返れば、なぜギリシア人たちは伝記と歴史をああも異なるものと見なしたのかを問うてもよい、とモミリアーノは言う。モミリアーノ曰く、もちろん現状に至るまでの間に歴史と伝記の間に緊張関係は絶えず存在していて、その距離感には振幅がある。例えばドロイゼンは歴史の中心にいた人物は歴史の対象であり、その周辺にいた人物たちこそが伝記の対象であるという。一方ブルクハルトは伝記及び自伝の発見をイタリア・ルネサンスの重要な要素と見なす。そしてクローチェは歴史において大事なのは出来事そのものであって、その出来事を生むに至った人間の意図ではないと強調する。これだけでも見事に三者三様の距離の取り方があって一筋縄には行かないのはよくわかる。

まあ実際にギリシアでどうだったかはモミリアーノ先生の本文に任せるとして(何しろぼくはまだ本文を読んでいない)、行儀の悪い読者であるところのぼくがふむふむととりあえず読んでいるのは巻末対談で柳沼と佐伯が指摘している歴史と伝記の違い、特に書き手が自分が書くものを歴史と見なす場合と伝記と見なす場合で依拠する資料を使い分けているのではないかというところ。

ここで例示されているのはクセノポンの『アナバシス』で、例えばある章である人物が戦死する経緯が描かれ、次の章がその人物の賞賛に当てられるとする。この二つの章は対をなしているにも関わらず記述に重複がなく、伝記的記述の部分をまるっと引っこ抜いても前後の章は「ほぞでつないだようにぴたっとはまる」。これはなかなか気になる指摘で、もしこの通りであるとするならば当時において歴史と伝記の違いはその対象とすべきものの歴史的重要性の軽重によって発生するわけでもなく、叙述の仕方つまりスタイルの違いにとどまるわけでもなく、対象のどの側面を何を使って何の目的で描くかによって規定されていたということになってくる。

いやその書き分けるために使い分けられていた「資料」とか「材料」って具体的にどういう概念的なまとまりのことを想定してるんですかとかこういう違いはやっぱり演説とか弁論とかそういう発話的なものと叙述の交錯するところだからこそ生まれるんですかとかこういう区別に類するおこないはほかの地域でも観測されますかとか疑問がもりもりわいてきて止まらないのでモミリアーノ先生が大活躍する本文を一刻も早く読み進めなければならない。
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