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みんな「と」勉強する? みんな「で」勉強する? 前田勉『江戸の読書会』後半


江戸の読書会 (平凡社選書)江戸の読書会 (平凡社選書)
(2012/10/17)
前田 勉

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前田勉『江戸の読書会』(平凡社選書、2012年)、107-391頁(終わり)。

 読書会という営みが江戸時代から幕末にかけての日本において、いかなる思想史的役割を持ったのかを探ろうとする本の中盤以降を読みました。

第三章:蘭学と国学
第四章:藩校と私塾
第五章:会読の変貌
第六章:会読の終焉

 読書会=会読が備える「遊び」性が近世の人々の心を捉え、儒学の興隆の一因となったこと、またこの会読が準備した政治的公共圏が西欧学問の受容、幕末から明治維新への政治的議論の活発化を支えたというのがこの本の基本的なテーゼだと言えます。3章以降では種々の学問の思想内容と学習空間において会読がいかに組み込まれたかの実例が紹介されるとともに、それらの出身者が幕末から明治維新において抜擢され、政治的問題に取り組む際に会読の精神を活かしていく様子が描かれています。この辺の繋げ方はうまいですね。

 儒学の他にも蘭学と国学、この二つの重要な学問もまた会読を導入します。もちろんこれらの学問は素養を共有する人々が学んでいたので手法も共有されるわけです。蘭学については読解の困難な書物を共同で翻訳するという営みの「パズルを解く」ような「遊び」性が、国学については特に宣長を事例に、中世王朝人の「もののあはれ」を感得する「王朝人ごっこ」的な性格が取りあげられ、そのようにして現実から離れることに由来してうまれる「自由な雰囲気」と会読の自由闊達さの連動が、指摘されているように思われます。蘭学と国学については、儒学に比べて会読を通じて「真理の解明」を指向する傾向が強かったという感じの書き方ですが、そうなのかな。このあたりは既に〈いいもの〉であることが前提されているものにいかに近づくかが問題とされている学問と、何が〈いいもの〉かを見つけようとする学問の違いに起因するんでしょうか。新しいものに触れるってのはこういう心の動きを活性化させそうな感じはします。

 学習空間としての藩校と私塾。会読が持つ、現実の身分制度からの一時的開放、という性質がそれぞれにおいてどう作用したのかという比較は面白いですね。私塾は競争原理も盛んに導入されて自由闊達、一方で藩校は既存の身分秩序から完全に離れることはできずとも、それなりに自由な討論の空間を準備し、また競争とは別の「虚心」、つまり他者の意見を受け入れる精神を、官僚となるべき人材が会読における他者との討論を通じて身につける場として機能した、という指摘は膝を打つものであります。

 藩政改革や対外危機の昂進のなかで、特に藩校には有用な人材を育成する機関としての役割が求められるようになり、同時に自由闊達な議論の場としての性格は、政治結社的な「徒党」の巣窟としての危険性が見いだされるようになります。この会読が持つ徒党性の問題を突破するためには、徒党を組むことを正当化する論理を生み出さなければなりません。その事例の一つが後期水戸学でした。藩主の「言路洞開政策」によって藩士の意見を政治に反映させることが制度化されていた水戸藩では、藩士が会読の場で政治的な議論をすることが許容されていました。一方、この枠組は藩主に意見を取り立てられることに関して激しい競争を喚起するため、党派間の対立を招くというデメリットもありました。確かに水戸藩の内訌は激越でした。こういった欠点を乗り越えるために、例えば横井小楠は議論の公共性をより高めることを指向し、それを制度的に支えるものとしてのモデルを西欧の議会制度に見いだしていきます。

 このように近世の思想空間に大きな影響を与えた会読という手法は明治期においても漢学塾、藩校で続いており、「学制」発布後の近代教育の中でも速やかに廃れたわけではありませんでした。しかし、小学校では私塾・藩校のような参加者のレベルを保つことは残念ながら不可能であり、また画一的な人材の養成(特に教員養成)には会読がなじまなかったことから、公教育の場から会読は姿を消してゆきます。一方、民権運動のような結社においては会読・討論が盛んにおこなわれました。

 オチとしては、明治になると学問が立身出世と結びつくようになり、「遊び」性が損なわれたために会読も廃れていく、という書き方になっています。

 会読という営みが、そこで取り扱われる思想内容と連動しつつ、人の思考様式の形成に与えた影響を実例を豊富に引きながら描いており、全体的にたいへん面白い本であったと思います。ただ、オチの部分はあんまり腑に落ちないですね。かなりハイレベルな私塾や藩校での会読は、学制後の初等・中等教育よりは、むしろアカデミックな学問が成立してからの高等教育の中での講座やゼミ、勉強会と比較されるべきものなのではないでしょうか。明治中期の高等学校や大学のゼミってどんなんだったのかなぁ。リースのゼミ生の回顧の話とかにはマーガレット・メールさんの本を扱ったときに若干触れましたけども、史学史的なものを追っていくなかでそういうものにも気を配って行きたいと思います。
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