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重なり合ういくつものコスモス 榎本恵美子『天才カルダーノの肖像』


天才カルダーノの肖像: ルネサンスの自叙伝、占星術、夢解釈 (bibliotheca hermetica叢書)天才カルダーノの肖像: ルネサンスの自叙伝、占星術、夢解釈 (bibliotheca hermetica叢書)
(2013/07/25)
榎本 恵美子

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 ジローラモ・カルダーノを扱った研究書を読んだ。
 カルダーノは医師であり、数学者であり、哲学者であり、占星術者だった。今でいう学問分野のようなものが細分化される以前の16世紀に生きた一種の万能人だと言ってよいだろう。あまりにも業績が多岐にわたっているせいでなかなかその全体像が把握しづらく、個々の分野でなした仕事がそれぞれの学問分野の枠組の中で位置付けられ、取りあげられてきた人物でもある。サイコロ賭博に関する本を書いているために確率論の先駆者として名を挙げられることもあるようで、もしかしたらカルダーノの仕事の中でこれがもっともぼくたちの日常生活と関わる部分であり、なじみのあるところなのかもしれない。

 この本は大きく三部構成になっている。1部が彼の人となりと業績について。占星術によって世界の秩序を把握しようとする試みと、自叙伝を通じて自己を深く把握しようとする二つの試みをつなげることによって、マクロコスモスとミクロコスモスを対応させた人物としてのカルダーノが描かれている。

 2部は彼の自叙伝である『わが人生の書』の研究。この本は彼の研究業績をリスト化し、自己宣伝をおこなうための手段として出版されたものであると同時に、先に書いたように究極的には彼の自己認識を深めていく作業の結実したものでもあった。とりわけ、自叙伝の中に挿入されている守護霊との対話編(しかもその守護霊は自分をカルダーノの父親だと名乗る)がこの『わが人生の書』の全体を統合する役割を持つものとして位置付けられており、自叙伝という形式の中で展開される哲学的思考が、当時存在した「慰めの文学」というジャンルに分類可能であることが指摘されている。

 3部が彼の自然哲学についての著書である『一について』の研究。「一」は善であるのか、それは美と同じものであるのか、といった古代以来の哲学の中で語られてきた問題を、この著作を通じてカルダーノは世界の秩序のあらわれの中に「一」なるものがどのように位置付けられるのか、といった切り口から説明しようとしているように思われる(このあたり専門外なので的外れかもしれない)。

 最後には補遺として著者あとがきと、坂本邦暢さんによる本書の解説が添えられている。坂本さんの解説は現在におけるカルダーノ研究の動向を簡潔にフォローするとともに、カルダーノをより深く理解するための補助線として、のちにカルダーノの著作に批判的論争をしかけたユリウス・カエサル・スカリゲルと、またそのスカリゲルが論敵として認識していた思想潮流との兼ね合いの中でカルダーノを捉え直していくことの必要性を指摘している。かなり長期間にわたってばらばらに書き継がれた論文を再構成したものである『天才カルダーノの肖像』を読むに当たって、坂本さんの解説はこの本の前後を貫通するとても明快な視角を与えてくれる。
 なお、第2部で取りあげられたカルダーノの自叙伝『わが人生の書』にはその全訳があるのだが、出版社がもう存在しないために入手が困難となっているのが惜しい。

わが人生の書―ルネサンス人間の数奇な生涯 (現代教養文庫)

 さて、単体で見ればこの『天才カルダーノの肖像』はけして読みやすい本ではなかった。カルダーノがどういう人物でありどういった内容の著作を残したのかを把握するだけでも前提知識の少ない僕には一苦労だし、本文の記述もカルダーノの思索とその思想史的な布置を再構成して明快に提示してくれるというよりは、かなり謎めいた語り口で謎めいたことをあちこちにむけて言っているカルダーノの意図を榎本さんがとてもとても丁寧に再話してくれる試みであるように僕には感じられたからだ。しかし全体を通して読んで、また8月3日におこなわれたこの本の刊行記念トークイベントに参加して、この本が、この論文たちがこのような形を取らなければならなかった理由が何となくわかったような気がした。著者の榎本さんはカルダーノ研究の先駆者であると同時に、特定の研究分野、研究機関に所属することなく、ご自身がつながりを維持していた学問的なコミュニティの支援の中でカルダーノとの対話を続けてこられた方だったのだ。それゆえに、榎本さん以外のカルダーノ研究が、坂本解説の言葉を借りるなら「『未来からさかのぼる』というアプローチ」、つまり近代哲学の前史としてのルネサンス哲学の一部としてカルダーノを見ていたのに対し、榎本さんはそういった拘束からかなり自由に、謎に満ちた巨人であるカルダーノに肉薄することができたのだと思う。あまりにも広大な絵に直面したとき、ぼくたちはどうしても不安に駆られてその全体像を視野に収めようとあとずさってしまう。しかし榎本さんはそこで立ち止まり、視野に収まった一つ一つのピースを丹念に描き写していったのだろう。長く濃密な時間が可能にした仕事である。

 そしてもう一つ。この本はよい意味で、単体で完結していない。何度も書いているように、カルダーノという人物を把握することは難しく、本書も必ずしも前提知識の少ない読者にとって読みやすいものではない。しかしそれをサポートする体制があらかじめ構築されているという意味で幸福な本である。編者のヒロ・ヒライさんがこの本の原型となった論文を見出し、再構成してこの本に形を与えたように、また坂本さんが解説でこの本を貫く視角を提示したように、カルダーノといういくつものコスモスを内包した人物を描いたこの本自体が、さらに重なり合ういくつものコスモスの中で意味を与えられてうまれている。

 本はマテリアルとして単独で存在する。その本を書いた著者も単独で存在する(単著であれば)。それらをつなげあわせ、自分なりの読書のコスモスを織りあげてゆくことは本を読むものに許された密やかな楽しみである。しかし他者の織りあげたコスモスに出会うこともまた本を読むものに許された刺激的な楽しみである。『カルダーノの肖像』はこれから新たに立ちあげられるbibliotheca hermetica叢書(=叢書 ヘルメスの図書館)というシリーズの先陣を切って刊行された。ぼくたちはヘルメスの図書館を訪れ、そこに並んだ書籍たちが織りあげるコスモスに触れることができる。そしてその一部を自らのコスモスに取り入れることもできる。重なり合ういくつものコスモスが人々の興味関心をつなぎ合わせ、研究はそれにより力を与えられる。かつて存在し、今はその力を失いつつあるように見える「人文書」という知のコスモスは、こういった営みの繰り返しによって新たな力を得られるのかもしれない。

この本を扱ったブログエントリは他にもいくつかある。
石版!:自叙伝によるカルダーノの解剖、そしてある女性研究者の肖像(榎本恵美子 『天才カルダーノの肖像: ルネサンスの自叙伝、占星術、夢解釈』)
Commentarius Saevus:ルネサンスのマッドサイエンティストPOVノンフィクション~榎本恵美子『天才カルダーノの肖像:ルネサンスの自叙伝、占星術、夢解釈』
THEOLOGIA ET PHILOSOPHIA:榎本恵美子『天才カルダーノの肖像』bibliotheca hermetica 叢書
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